漁師のじいちゃんが教えてくれた「海と暮らす哲学」

島ニュース

こんにちは、Shima Suki編集部です。著者がShimaSukiの編集者になる前、数日間、島で過ごした日のことを綴ろうと思います。

著者にとって、この数日間があったから今があると思える経験。今、何かに押しつぶされそうになっている人、社会で倒れないようにと足も心も踏ん張って頑張っている人に、少しでも届けられたら。

休むことは、決して悪いことではないよ。

波音がBGMの暮らし

私がこの小さな離島に足を踏み入れたのは、偶然だった。東京での暮らしに疲れ果て、「一度だけでいいから、何もない場所に行きたい」と思ったのがきっかけだった。

訪れたのは、伊豆諸島の新島。東京から船でわずか2時間半。けれどそこは、時間の流れそのものが違うような、不思議な空気を持つ島だった。

最初の宿で出会ったのが、漁師をしている80代のじいちゃんだった。寡黙で、日焼けした手のひらが印象的なその人は、私にとって“人生の師匠”のような存在になる。

これは、そんなじいちゃんと過ごした数日間の記録だ。


「海はな、昨日と同じ顔はしてくれねぇ」

朝5時。まだ空が薄暗い時間に、宿の女将さんに起こされる。「漁師のじいちゃんが船に乗せてくれるってよ」。

眠気と戦いながら浜辺に向かうと、既にじいちゃんは船の準備をしていた。潮風とエンジンオイルの匂いが混ざった、朝の港。

「船、乗るか」

じいちゃんはそれだけ言って、私に救命胴衣を手渡した。

ゆっくりと沖へ出ると、島の輪郭が小さくなっていく。その光景を見ながら、じいちゃんがぽつりと話し始めた。

「海はな、昨日と同じ顔はしてくれねぇ。どんな日でも、油断したら飲まれる」

長年海と生きてきたじいちゃんは、海を“恐れる”ことを忘れなかった。でもその一方で、海を“信じる”ことも決してやめなかった。

私が「何が一番怖かった?」と尋ねると、「過信した自分」と、短く答えた。


「取れるときに取らねぇの。海は逃げねぇから」

港に戻り、船を洗いながらじいちゃんは続けた。

「若ぇ頃はな、取れるだけ魚を獲ろうとしてた。でもそれじゃダメだった。獲りすぎると、翌年魚が来なくなる」

魚の群れが来たとき、島の若い漁師たちは一斉に網を仕掛けようとする。それを止めるのがじいちゃんの役目だった。

「取れるときに取らねぇの。海は逃げねぇから」

この言葉には、じいちゃんの“待つ力”が宿っていた。

自然を相手にする暮らしは、焦っても仕方がない。目先の利益に飛びつくより、長く付き合うことを考える。それが海と生きるということなのだと、じいちゃんは教えてくれた。


「魚と一緒に人間も変わる」

ある日、港で一緒に網を修理していると、じいちゃんがこんなことを言った。

「昔はカツオがたくさんいた。でも今は違う。あんまり南から上がって来ねぇ」

海水温の変化で、魚の回遊ルートが変わってきたのだという。じいちゃんは、それを嘆きながらも、淡々と受け入れていた。

「魚と一緒に、人間も変わるしかねぇんだ」

だから漁法も、道具も、売り方も変えてきた。それを“仕方ない”ではなく、“当たり前”と捉えるところが、じいちゃんらしかった。

自然に抗わず、変化とともに生きる。島のじいちゃんは、知らないうちに“しなやかさ”の哲学を身につけていた。


「海は一人じゃ渡れねぇ」

私が島に来て4日目。雨の夜、じいちゃんの家に招かれた。漁から戻ると必ず飲むという焼酎を、一緒にちびちびと飲む。

「若ぇ頃、海でひっくり返ったことがある」

じいちゃんはぽつりと、昔話をしてくれた。真冬の嵐で船が転覆し、流されそうになったところを仲間に助けられたのだという。

「一人じゃ、海は渡れねぇ。だから、お前も一人で生きるな」

じいちゃんは、そのとき自分が助かった理由を“運が良かったから”ではなく、“仲間がいたから”と断言した。

それは、都会で「一人で頑張らなきゃ」と思っていた私にとって、深く響く言葉だった。


「海は変わらねぇけど、人は変われる」

別れの日。じいちゃんは浜辺まで見送りに来てくれた。

「また来るよ」と言う私に、じいちゃんは「おぅ」とだけ返した。そして去り際、こう言った。

「海は変わらねぇ。でも、人は変われる。だから、お前は変われ」

その背中を見送りながら、私はこの島にまた帰ってくることを決めていた。


波音に教わった、生き方のヒント

都会に戻った今も、私はじいちゃんの言葉をよく思い出す。

  • 海は昨日と同じ顔はしてくれない
  • 取れるときに取らず、待つこと
  • 変化に抗わず、受け入れること
  • 一人で海を渡ろうとしないこと
  • 海は変わらない。でも人は変われる

それはすべて、私が都会で忘れていた“生きるためのヒント”だった。

もし今、何かに行き詰まっているなら、一度だけ離島を訪ねてみてほしい。そこで出会う“海と暮らす哲学”は、きっとあなたの生き方の地図を、少しだけ書き換えてくれるはずだ。


【あとがき】

漁師のじいちゃんは、今年で81歳になる。今も毎朝5時に海へ出ている。

「もう歳だから」と言いつつ、海からは離れようとしない。

「海にいると、やっぱ落ち着くんだよ」

じいちゃんはそう言って、また黙々と網を繕っていた。

島の暮らしは静かで、何もないように見える。でも、その静けさの中にこそ、生きる意味が詰まっているのかもしれない。
私はまた近いうちに、あの港へ帰ろうと思っている。

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