観光公害(オーバーツーリズム)という問題
ここ数年、「観光公害(オーバーツーリズム)」という言葉を耳にすることが増えた。京都や鎌倉など、日本を代表する観光地では、外国人観光客や国内旅行者の急増によって、住民の生活に支障が出たり、環境負荷が高まったりするケースが社会問題となっている。
だが、あまり知られていないのは、日本各地の“離島”でも同じ課題が起こりつつあることだ。
私たち観光客が「素敵」と感じるあの景色や文化は、本来、そこに暮らす人々の日常である。
その土地の人たちが大切にしているものを、観光客自身が知らず知らずのうちに壊してしまっている。そんな現実が、日本の小さな島々でも静かに進行している。
離島に押し寄せる観光ブーム

例えば、奄美大島や屋久島。世界自然遺産にも登録され、近年はインバウンド需要も高まっている。しかし、観光客急増の裏側でこんな声が聞こえてくる。
- 「登山道が荒れ、野生動物が減っている」
- 「ゴミの持ち帰りルールを守らない人が多い」
- 「レンタカー不足で地元の人が生活に困る」
- 「地元民の立ち寄る食堂が観光客で埋まる」
ある屋久島のガイドは、「ピークシーズンには、観光客のゴミが林道沿いに捨てられている」と嘆く。島にはゴミ処理施設が少なく、島外搬出が前提のため、大量のゴミは深刻な負担になる。
また、来島者用のレンタカーが不足し、地元住民の通院や買い物に支障が出るケースも起きている。さらに、民泊や短期貸し施設の急増によって、地域の家賃が上昇。観光業に関係ない住民が暮らしにくくなっている実態もある。
「島は観光で食べている」…だけではない現実
よく「島は観光で食べている」と言われる。しかし、実際は必ずしもそうではない。漁業や農業など一次産業が主産業の島も多い。観光客が押し寄せることで、むしろ困っている住民もいる。
観光業者と、それ以外の住民との温度差が広がり、地域コミュニティに分断が生まれている島もある。
観光は確かに地域経済に貢献する。しかし、島の本来の暮らしや自然環境が壊れてしまっては、長期的に見て観光そのものが成立しなくなる。
小さな島ほど、負荷は深刻
離島は、人口規模もインフラも小さい。だからこそ、観光公害の影響が表面化しやすい。
- ゴミ処理能力の限界
- 下水道や水道設備の脆弱さ
- 道路や駐車場の不足
- 医療・救急体制の脆弱さ
- 公共交通の本数制限
例えば、ある島では観光客が急増したことで、水道水が不足した例がある。飲食店が昼過ぎには閉店してしまう日が出た。
観光客には「島だから仕方ないね」と見えるかもしれないが、実際は生活用水が奪われた地元住民の苦悩の結果だ。
また、ドローンの無断飛行や、立入禁止区域への侵入も問題視されている。インスタ映えする写真を撮るために私有地に入る、という事例も全国の離島で発生している。
「静かに旅する」という選択
では、私たち観光客は、どう島と関わるべきなのか。
それは「静かに旅する」という選択だと、私は思う。
- “観る側”ではなく“訪ねる側”という意識を持つこと
- 写真より“体験”を優先して旅すること
- 地元の生活リズムを乱さないよう配慮すること
- ゴミはすべて持ち帰ること
- 自分だけでなく“次に来る人”のことを考えること
離島は、“観光地”ではなく“誰かの暮らしの場所”である。その暮らしに、そっとお邪魔する。そうした静かな旅のスタイルが、これから求められるのではないか。
本当の“サステナブルツーリズム”とは
近年、よく耳にする「サステナブルツーリズム」という言葉。だが、単にエコなホテルに泊まることやカーボンオフセットを利用することだけでは、本当の意味で“持続可能な観光”にはならない。
島にとってのサステナブルツーリズムとは、「島民の生活と自然を守ること」だ。観光のために島が犠牲になるのではなく、島にとって無理のない規模で観光客を受け入れ、自然や暮らしを守ること。そうしてこそ、次の世代もその島に住み続けられる。
私たち観光客も、「来させてもらっている」という感覚を持ちたい。観光は“商品”ではなく、“人と人との関係”の中に成り立つものだからだ。
島を守る、新しい旅のかたち
いま全国の離島で、観光客と島民が共に悩みながら、新しい仕組み作りが始まっている。
- 混雑する時期の入島制限
- 訪問前にオンラインでマナー学習
- ごみ持ち帰り義務化
- ドローンや私有地立入の事前申請制
- 地元ガイドとの同行義務化
たとえば、沖縄県の渡嘉敷島では、サンゴ保護のため、指定ビーチへの入場人数制限を導入している。
また、小笠原諸島では、入島前に自然保護に関する事前説明を受けることが義務づけられている。
島によっては、観光そのものを制限する「観光抑制」の議論も始まっている。これは決して観光客を嫌っているわけではなく、「島を守るための選択」であることを忘れてはいけない。
旅する私たちができること
観光公害を生まない旅のために、私たち一人ひとりができることは意外と多い。
- 島のルールやマナーを事前に調べて守る
- ゴミは持ち帰り、地元の処理負担を減らす
- 混雑期を避けてオフシーズンに訪れる
- 地元ガイドの案内を受けて深く学ぶ
- 地元の人と会話し、礼儀を持って接する
「少し控えめに旅する」
それは、島の自然と暮らしを壊さず、自分自身もより豊かに島と関われる方法だと思う。
おわりに——観光地ではなく、暮らしの場所へ
離島観光は、観光公害のリスクを抱えながらも、“観光を通して島を知ってもらえる貴重な機会”でもある。
観光客が一切いなくなっても、島は生きていく。しかし、観光客が丁寧に関われば、島はより豊かに生き続けていける。
“観光地”ではなく、“誰かの暮らす場所”として島を訪ねる。
そんな新しい旅のあり方が、これからの離島観光には必要なのではと感じている。