こんにちは、ShimaSuki編集部です。
「歴史を目的に旅をするなら、京都や奈良」そんなイメージを持っていませんか?
もちろん、京都や奈良には数えきれないほどの歴史があります。
でも、少し違った歴史旅をしてみたいなら。
次の旅では、海を渡って「島」へ行ってみてほしい。
今回、歴史好きの女性におすすめしたいのは、長崎県の壱岐島(いきのしま)です。
美しい海や壱岐牛、麦焼酎などでも知られる壱岐ですが、この島を歴史という視点から歩いてみると、その印象は大きく変わります。
『魏志倭人伝』の時代。
古墳が築かれた時代。
大陸との交流。
蒙古襲来。
そして島に根付いてきた信仰。
歴史の教科書で別々のページに載っていた出来事が、壱岐というひとつの島でつながっていくのです。
今回は「映える壱岐」ではなく、
歴史を旅する壱岐島。
そんな少し大人の島旅へ出かけてみましょう。
壱岐島はどこにある?
壱岐島は九州北部、玄界灘に浮かぶ長崎県の島です。
地図を見ると、この島の歴史がなぜこれほど面白いのかが少し見えてきます。
九州本土と対馬の間。
そして、その先には朝鮮半島があります。
つまり壱岐は古くから、日本列島と大陸を結ぶ海上交通の重要な位置にありました。
現代の感覚では「本土から離れた島」。
しかし時代をさかのぼれば、
海によって隔てられた島ではなく、海によって世界とつながっていた島
だったとも考えられます。
この視点を持って壱岐を旅すると、景色の見え方まで変わってきます。
歴女の壱岐旅は「一支国博物館」から始めたい

壱岐へ到着して、すぐに史跡巡りを始める。
それもいいのですが、歴史好きなら最初に立ち寄りたい場所があります。
壱岐市立一支国博物館です。
壱岐の歴史を知るうえで、ここは旅の「予習室」のような存在。
壱岐には旧石器時代から現代まで、長い時間の積み重なりがあります。
特に注目したいのが弥生時代。
中国の歴史書『魏志倭人伝』には、邪馬台国へ至る途中の国のひとつとして「一支国」が記されています。
その一支国が存在したと考えられているのが、現在の壱岐島です。
博物館で島の歴史を頭に入れてから史跡へ向かう。
それだけで、この後に見る風景の解像度がぐっと上がります。
『魏志倭人伝』の世界へ。原の辻遺跡

一支国博物館で歴史を知ったら、次に訪れたいのが原の辻遺跡。
弥生時代を中心とする大規模な環濠集落跡で、国の特別史跡に指定されています。
ここで少し想像してみてください。
今から約2000年前。
海の向こうから船がやって来る。
人が集まり、物が運ばれ、情報が行き交う。
現在では静かな風景が広がっていますが、当時の壱岐は海外との交流における重要な場所のひとつでした。
歴史好きにとって面白いのは、
「ここにあった」と分かっている場所に、自分自身が立てること。
文章として知っていた一支国が、突然「場所」になります。
これこそ歴史旅の醍醐味ではないでしょうか。
次は古墳時代へ。壱岐古墳群をめぐる

弥生時代から、今度は時代を少し進めます。
壱岐島には数多くの古墳が残されています。
中でも国指定史跡となっている壱岐古墳群は、歴史好きならぜひ旅程に入れたい場所です。
代表的な古墳のひとつが鬼の窟古墳。
名前だけでも少しワクワクしませんか?
さらに掛木古墳や笹塚古墳など、島内には古墳時代を感じられる場所があります。
ここで考えたいのは、
「なぜ、この島にこれほどの古墳が?」
ということ。
古墳をただ見て、
「大きいな」
「昔のものなんだな」
で終わらせるのではなく、
この場所にどんな有力者がいたのか。
彼らは海の向こうとどんな関係を持っていたのか。
そんなことを想像しながら巡ってみてください。
一支国の時代から続く「海と壱岐」というテーマが、また見えてきます。
そして鎌倉時代へ。「元寇」の舞台としての壱岐
歴史の授業で一度は聞いたことがある「元寇」。
1274年の文永の役、そして1281年の弘安の役。
モンゴル帝国(元)を中心とする軍勢が日本へ侵攻した出来事です。
そのとき最前線のひとつとなったのが、対馬、そして壱岐でした。
本土側から歴史を見ると、
「元軍が日本へ攻めてきた」
という大きな出来事として理解します。
しかし壱岐という場所に立って考えると、その歴史はもっと現実味を帯びます。
海の向こうから軍勢がやって来る。
島に暮らしていた人たちは、何を見たのか。
何を感じたのか。
歴史上の大事件の「途中にあった島」ではありません。
壱岐そのものが、歴史の舞台だったのです。
少弐公園から海を眺めてみる

元寇について知ったあとに訪れたい場所のひとつが少弐公園。
ここには、元寇に関連する歴史を伝える場所があります。
そして、ぜひ海を見てください。
晴れた日の壱岐の海は、とても美しい。
観光旅行なら、
「きれい!」
で終わる景色かもしれません。
でも元寇について知ったあとでは、同じ海が少し違って見えるはず。
今は穏やかなこの海の向こうから、かつて大軍がやって来た。
歴史を知ることで、ただの絶景だった海に「時間」が加わる。
歴史旅だからこそ味わえる瞬間です。
壱岐は「神社の島」として歩くのも面白い
壱岐の歴史を語るなら、神社や信仰も外せません。
島内をドライブしていると、さまざまな神社に出会います。
歴史好きなら、有名な神社だけを目的地として巡るのではなく、
「なぜここに神社があるのだろう」
と考えながら歩いてみるのもおすすめです。
海とともに暮らしてきた島。
大陸との交流があった島。
戦いの舞台にもなった島。
そんな土地で、人々は何を祈ってきたのでしょうか。
歴史は政治や戦争だけではありません。
その土地で普通に暮らしてきた人々の祈りも、歴史のひとつ。
島旅だからこそ、そんな小さな歴史にも目を向けてみたいところです。
歴史だけじゃない。夕方になったら壱岐の海へ

歴史旅だからといって、朝から晩まで史跡を巡る必要はありません。
むしろ壱岐では、少し余白を残しておきたい。
夕方になったら海へ。
昼間に歩いた一支国や古墳、元寇の歴史を思い返しながら、静かに海を眺めてみてください。
古代の人も。
中世の人も。
きっと同じ海を見ていました。
景色そのものは変わっていても、島と海の関係はずっと続いています。
歴史旅の最後に見る海は、到着した日に見た海とは少し違って感じられるかもしれません。
歴女向け・壱岐島1泊2日モデルコース
「実際にどう回ればいい?」
という人のために、歴史を中心とした1泊2日のモデルコースを考えてみます。
1日目|一支国から始める古代壱岐
壱岐到着
↓
レンタカーを借りる
↓
壱岐市立一支国博物館
↓
原の辻遺跡
↓
ランチ
↓
島内の神社を巡る
↓
海沿いをドライブ
↓
宿へ
初日は弥生時代を中心に。
博物館→実際の遺跡という順番にすることで、「知る」と「見る」がつながります。
2日目|古墳から元寇へ
朝食
↓
壱岐古墳群
↓
鬼の窟古墳などを見学
↓
ランチ
↓
元寇関連史跡
↓
少弐公園
↓
港へ
↓
帰路
2日目は古墳時代から中世へ。
たった2日間でも、
弥生時代 → 古墳時代 → 鎌倉時代
と、日本史の時間を進むように旅することができます。
歴史旅ならレンタカーがおすすめ
壱岐で歴史スポットを巡るなら、レンタカーが便利です。
遺跡、古墳、神社、元寇関連史跡などは島内各所に点在しています。
公共交通機関だけで複数の場所を効率よく回ろうとすると、旅行プランを組みにくくなる場合があります。
歴史好きなら、
「あ、ここも見たい」
と予定外の場所に立ち寄りたくなることもあるでしょう。
そんな寄り道ができるのもレンタカー旅の魅力です。
ただし、島内には道幅の狭い場所などもあります。
時間に余裕を持って移動しましょう。
歴女なら「事前に少し予習」してから行ってほしい
壱岐は、何も知らなくても楽しめる島です。
でも歴史を目的に訪れるなら、旅行前に少しだけ予習してみてください。
特に、
魏志倭人伝と一支国
弥生時代の大陸交流
壱岐古墳群
文永の役・弘安の役
この4つを軽く確認しておくだけでも十分。
すべて暗記する必要はありません。
「そういえば、これ読んだ」
くらいでいいのです。
現地で本物の場所に立った瞬間、点だった知識が線につながります。
京都でも奈良でもない。「海を渡る歴史旅」へ
歴史旅というと、寺院や城、古い町並みを巡る旅行を思い浮かべます。
でも日本は島国です。
その歴史を振り返れば、海の向こうとの交流や戦い、島で暮らしてきた人々の存在を切り離すことはできません。
壱岐には、
一支国があった。
古墳が築かれた。
海を越えて人や物が行き交った。
元寇の舞台になった。
そして長い時間、人々がこの島で暮らしてきた。
そのすべてが、ひとつの島に積み重なっています。
歴史を「読む」のも面白い。
博物館で「見る」のも面白い。
でも、ときには海を渡って、
歴史が起きた場所に、自分で立ってみる。
そんな旅をしてみませんか?
次の歴史旅は、京都でも奈良でもなく。
フェリーに乗って、壱岐島へ。
教科書の中にあった日本史が、島の風景として目の前に広がります。

